« 2008年1月分のアクセス解析 | メイン | フリーゲーム論─インフレのバランス─ »

批判:エロゲとラノベの一部ユーザの勘違い

http://libertatem.org/2008/02/post-18.html

ちらほらと目にする、萌えとか泣けるエロゲって、文学や映画以下、云々。 でもそれって文学や映画が崇高だと勝手に思っているだけで、云々。

こういった話題はなかなか尽きることがない。ずっと繰り返されてきたものでもあるし、要はオタクの中には、エロゲをすることに負い目を感じている人がいるということである。だからこんなつまらないことを毎度毎度語らなければいけないのだろう。ただ、忘れてはいけないのは、あくまでもエロゲはゲームであり、文学や映画のそれとは違うことである。

今回はあえて、トラックバック、批判なんてやってみたりして、考えを研ぎ済ませればな、なんて考えているので、ぜひぜひ批判してやって欲しい。

さて、全てがフラットになった世界で、文学や映画が「高尚」と屈託なく言えるのも驚きではある。どういう意味で、具体的に文学や映画のどの作品のどういう点が「高尚」なのかは分からないけど、ただメディアの古さで言っているのならそれはどうなんだろうね、と思う。そりゃ作品数が多い方がいい作品が多いだろうし、批評の成熟によりその良さが伝えやすくわかりやすくなっているのは認めるけど。上の引用部は捻くれたぼくには「俺のいう文学や映画は高尚なんだ。それを分からない奴はクズだ。まぁでも、その高尚さを分かる奴の話なら聞いてやってもいいぜ」って読める。それは同時に「オタク」の側の問題でもあるけど。

届かない「文学」も、面白さを伝えきれない「オタク」にも価値を感じない - 鯨飲馬食ブログ

氏はこういわれているが、僕の見解は、文学や映画は間違いなくエロゲやひいてはライトノベルより高尚であり、そしてメディアの古さはその価値のある程度を担っているといえる。それに高尚さを知っている人の話のほうが、話していても楽しい。大事なのは聞いてやっても良いぜと思うのではなく、聴きたい、ということだが。また、高尚な文学や映画を知らなくてもクズではない(その考えだと世の中はクズで満ち溢れている)。クズではなくて、高尚の意味の対極になる、低俗、といったところだろう。幸運にも、この世の中が低俗でない、というなら大多数の流れを否定することになるので、低俗である、と置き換えてもなんら問題はない。

さて、なんでそう思うのか、それを3つ挙げようと思う。ここであらかじめ伝えておかなければいけないのは、文学や映画は、既に良いものが長い期間をかけて出揃っているために、いくらでも良いところを持ってこれると考えていることである。また、特に僕が高尚だと思うのは、過去のものであって、現代のそれがどうであるかを論じえるだけ考えてはいない。また、エロゲ、といっても純粋に性欲を満たすためのエロゲは除外することとする。そもそもそれこそが低俗でありこの期に及んで考える必要はない。

一つ目。まず、エロゲは基本的に楽しむものである。それが作品の幅によっては、性欲を楽しむものであったり、感動を楽しむものであったり、レトリックや若干簡単にした哲学を楽しむものだったり、と幅がある。ただし、前提には、エロゲはそのニーズを満たして、会社が利益を上げるように作品を作るところである。僕は巻き込みたかったのでライトノベル(以下、ラノベ)も持ち出したが、およそエロゲと同じである。十代の暇をつぶすために、面白い構成で買ってもらえるようにシナリオを作っているそれがラノベである。

この点を高尚な側と対立させてみよう。文壇はありがたくも、人気のある作家には、書きたいものを書いても食っていけるだけの利益を上げさせている。映画についても人気監督は、特に海外では監督の作品に出たいという理由で、俳優が無償で参加することもある。

これは低俗側と異なり、利益を上げるために作品を出すのではなく、自分の作りたいものを作る、という純粋な創作活動をもたらしているといえる。まずその点が肝心であって、この用件が満たせれば、エロゲもまずひとつランクアップしたと思える。

二つ目。次にその作品を享受する層である。エロゲ、ライトノベル、共に四十代以上が構成員にはなっていない。いわゆる若者向けのつくりとなっている。そこを肯定していると考えれるのは、およそ登場人物が、高校生であり、良くてハードボイルド物の三十代前半が出てくる程度である。

これはどういうことか。僕が考えるに、読者が大人の考え方を理解できていないからだ。だから中心に大人の考えを持ってくると、その面白さを理解することなく、作品を終えてしまう。そういった手前、製作者は大人で構成されるエロゲを作るわけにも行かないし、ラノベを書くわけにもいかない。それどころか製作者がどの程度の年齢の大人であるかで、必然的に限界が出てくる。

ただし、高尚な側では、大人で構成されることが少なくみても半分以上ある。ということは対象は主に大人に対して作られていることである。また言うまでもなく、初老の人が子供向けの文章を書いていたりする。これがどうして高尚であるか、それは後述するが、つまりはこういった差がある。だから、人生経験をつんだ、初老の人が、エロゲやラノベを書けば、それはまたランクアップする可能性を持つ。

三つ目。エロゲをやる動機が、楽しむことでしかないこと。何度も言うが、ラノベも同じ。エロゲをやっても社会通念的にその後の人生が豊かになるとはいいにくい。したがって、エロゲは楽しむニーズを満たすために販売されている以上、この壁を越えることが出来ない、ということを示している。

それと比較して、文学、映画は、楽しむ目的に限らず、そのときの時代を知る指標に役に立ったり、思想を知ることが出来たり、と作家がむしろそれを意識して作っている場合もある。また、作家が悩み抜いた末に伝えたいことや、自分の人生を振り返って書いている文学もある。これらが高尚といえる最大の理由である。人間世界において、科学的な事象を発見することを除いて、映画、文学、芸術などは、そこに至るまでの連続性が評価の基準となることが多いわけである。だからこそ俳句や短歌はそれだけでは優秀かどうかはわからないと、既に100年前に論争になっているわけであり、ピカソも子供のような絵を描くのにこれだけの期間がかかったといっているのである。これが、二つ目で示した、初老の人が子供向けの文章を書く高尚さ、の説明になるはずだ。

だから僕は言っておきたい、映画については総合芸術といわれていた時代のものならともかく、エンターテイメントのために作られ、そのときの政治意図を学ぶことすらもかなわない、最近のハリウッド映画はほとんど低俗だ。ただし、期間がたち、後付で見方が付与され、何かを学べるようになったり、ある映画がきっかけに、映画以外にも影響を及ぼすものになった場合は、もしかすると高尚なものになりえるかもしれないが。

以上が僕の、エロゲやラノベが低俗なものであることの見解。一つ目の批判を通じて、今の土壌が飯を食うためでしかないことと、二つ目の批判を通じて、飯の金は若者から振ってくること、三つ目の批判を通じて、その金を絞るために若者のニーズを満たしていること。これを脱却しない限りはここまでであると考えている。まだ出来て歴史の浅いもの、世界の一国でしかそだっていないものを、人類が積み上げてきたものと優劣の点で同等と語ろうとすることが、そもそもの間違いなのだ。

ただし、文学や映画についても案外低俗なものも多いことと、昔は低俗だったが、今となって価値が認められて高尚になったものもあることは忘れてはならない。

ここまでが批判と、何かをきっかけにして僕が前々から言いたかったこと。次は上を経た上での氏の文章への同意。ついでに氏は、上の引用文を次の段落で『そんなことよりも、』と否定している。氏が言いたいのはそんなことではないのだ。

結局のところ、文学にしてもエロゲにしても、届かなければ価値はないと思う。届いて初めて、それが面白いとかつまらないとか言えるわけだし。だから文学は「高尚」とか言ってそれを読まない奴を貶めるんじゃなく、もっと読者を広げる努力をしてほしい。消費されなければ届かないような遠い場所に伝えるべき読者はいる*3。逆に、エロゲはその面白さをいかに語るかという部分を文学に学ぶべきだろう。いや、既に文壇がえらいことになっているらしい文学よりも、映画の方がいいかもしれないけど。

届かない「文学」も、面白さを伝えきれない「オタク」にも価値を感じない - 鯨飲馬食ブログ

これが真実。読み取ることが出来ないのであれば無理して読む必要はないのだ。自分の読み取れる範囲で努力するのが望ましい。

重要なのは、僕は今努力するのが望ましいといったことだ。要は、ずっとエロゲ、ラノベのぬるま湯につかっていても、楽しいだけで成長はできないよ、ということ。何事も勉強、という言い方は堅苦しいが、せめて生涯学習が頭にあるのであれば、少しずつでも、難易度の高い文学を読んでみるべきである。またそれは、楽しいものではなく、ある人間の生き様だったり、思想だったりするわけだから、ひとつから感化されることなく、自分の生き方を強く定義して、自分の哲学を持つために使うべきである。これがもうひとつの僕が伝えたかったことだ。

あとがき

いま見たら一年前の記事かよ!Σ(;´Д`)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://libertatem.org/mt/mt-tb.cgi/34

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2008年2月16日 17:43に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「2008年1月分のアクセス解析」です。

次の投稿は「フリーゲーム論─インフレのバランス─」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Creative Commons License
このブログは、次のライセンスで保護されています。 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス.