忙しい時期ですが、生活のあり方を変えることができないので、日常からテンポをつかもうということで書評を。今日は「ナニワ金融道」で有名な青木雄二氏の「ゼニの幸福論」です。
本書の全体像
成功のためにどうするか、なんてを書いてある本は胡散臭い場合が多いので、手に取る方は少ないものと思われます。ましてや僕の年齢層だとなおのことでしょう。
執筆に当たった故青木氏は、搾取をせずに漫画で一山あてた人間ですが、氏が説く道はとても生々しい、「ゼニ」至上主義です。精神性をほぼ排除して、これについてを記していますが、観念を重視しすぎる人にはなかなか手厳しいことをズバズバと言ってきます。暴力的といってもいいですが、これこそ社会の荒波に揉まれ、現代に生きる知恵です。皆目して読み取る必要があります。
大人になる過程において、自分を偽る術、ここでは原始的な欲求の押さえつけ方を学んでいきますが、そこには切り捨てるべき妄念と未だ保ち続けるべき妄念の2種類があります。みなさんはそれを自覚して、より社会に強い自分を作ってこられているでしょうか。僕は自覚までしかできていません。ここがまず最初に知る事でしょう。
流し読みをすると、タイトル通りに、ゼニありき、勝ち馬に乗ろう、搾取する側に回ろう、とも読めなくもないのですが、そうではありません。この点が、特に大事だと思った2つを、僕らしく考えた事を以下に書きます。
ゼニが大切ではなく、精神性を高めるためにある
よい大工とは、よい家を建てる大工である。
よい服屋とは、よい服をつくる服屋である。
よい靴屋とは、よい靴をつくる靴屋である。
これは元は哲学からの言葉です。しかし、金がなければ保つことはできません。職場からこの予算で実装しろ、と職人が職人足るべき精神性を否定されてしまうのです。本書では、観念論からくる幸福は本当の幸福ではない。かならず唯物論からくるものが必要なのだ、と書いています。ここでは観念論はいわゆる一般の幸福、唯物論は最低限したいことをするだけの金です。
しかし、ゼニがすべてではないこと、むしろ精神性が尊重された上でゼニを必要とする、と暗に本書では語られています。上の状況は、根底が保障されていません。この非情さはどうにか改善しなければなりません。
ひとつ、アメリカの話をしましょう。あちらではウェイトレスの職業が非常に低い地位にあります。実はあれは、チップを払ってもらわなければ、自給数百円という職業なのです。ですからオフシーズンなどではお金が入らずに苦労することとなります。しかし、これでもチップがもらえる限り、普通の職業といってもいいでしょう。
清掃員─古ビルのトイレなどの─は、派遣業者によっては日本では信じられない現状であります。これは、安く清掃するために、水はたとえばバケツ一杯までしか使ってはいけないのです。その状態で掃除をすると、結局床の汚れを、モップで均一に伸ばしただけで掃除を終えます。果たしてこれに清掃員としての仕事のささやかな誇りを感じることができるでしょうか。こういった職業の現状が、這い上がることすら許さない世間の非情さと、精神の死を招きます。こういった現状を日本では起こしてはいけません。
眼があれば小さなことから積み上げ可能
もうひとつは、モノの価値を見極める力です。
眼力がない人間は、安物をつかまらせてますますゼニを失うしかない。
逆に、眼力があれば、安い買い物でもいい商品を買って得をすることができる。
できているかどうか疑わしいけれども、ここは、僕が一番大事な真実であると考えています。大げさに言えば、全てを見透かす目です。人によっては1を知って10を得る目です。人によっては贋物を排除できる目です。一くくりにしてしまいますが、眼のいいものは得することでしょう。
本書では、くたびれた鉄瓶を購入して、それにより茶の一杯でも飲みたくなる哀愁を感じています。反対に産地での土産屋で購入した新品の鉄瓶には、ちっとも味がないと言っています。僕の場合はキーボードですね。やはりやる気を出させる、とか副次的な効果を見抜ける買い物が得ですね。そしてこれは広義に当てはまることです。
本書が合いそうな人
本書では、そういったことを踏まえて、いささか暴力的だけれども世の中の真理をひとつの面からばっさり切っています。それでもこれを40代になってから読んでも、もう変わりようのない年代に突入してしまいますから、僕はこれを高校3年から大学1年の時に読むのが適齢だと考えています。けれども、全てゼニ、と誤読を招いても困るので、なんらかの精神性を尊ぶ本、例えば「14歳からの哲学 考えるための教科書」(池田 晶子著)なんかと抱き合わせて読むと、ちょっと素敵かな、と考えています。どちらの本も読むのが簡単なので、本嫌いな人はこれらから考えてみるのがお勧めです。もう少し賢い人は、ワンランク上にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
