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Free Game アーカイブ

2008年1月27日

攻略:去人たち、ムービー条件

2chで話題に上がっていたので、書き込もうとしたがどうにも書き込めず、せっかく書いたのでblogに乗っけようとした矢先に書き込めてしまった。もったいないので詳しく掲載。検索して出てこない知識を出してこそのブロガーよ。

大事なことですが、回数を積んで予測しているだけなので、こうならなくても文句は言わないでくださいよ。

スタッフロール全体の攻略

ランク条件

軽度
0~50,000
中等度
50,001~80,000
重度
8,001~150,000もしくは200,000
極度
150,001もしくは200,001~250,000
破局的
250,001~?

スコア算出式

コンボ数に一定の乗数を上乗せしているのかな。2次関数的に増えているような気がする。

得点はGREAT(黄色)>GOOD(青色)>BAD(色不明)>POOR(色不明)>EROOR(赤色)。

この時、GREATでも押す精度で点数が可変している事、GREATの得点はGOODの4倍以上は出ていたようである事を予測。したがって、コンボが途切れないに越したことがないが、破局的にはGREATの個数も必要。後はスレに書いたとおり。

ちなみに破局的は全体の9割5分を続けてのコンボで、かつgreatを9割手前出さなきゃだめかな。

ムービー条件

多分サビを超えた繰り返しの部分までノーミスで行く必要があるみたい。このとき78k前後のスコアが出ていたはず。
ミスってもこのスコアにいくけれども、ムービーは見れなかったなぁ。

何度もムービーを見ているわけではないのでこうとしかいえない。と書いたが、確認したら48kでムービーが再生されました。'08.09.28追記、ムービーについて、オートは未実装とのことです。以前確認していましたが、記事の修正が遅れましたこと、お詫び申し上げます。

ムービー内容

内容は真剣に引きながらで覚えていないけど、鍵を手からちらつかせるシーンとか雨降ってたりとか暗示的なものが中心だった。クオリティは、そういった表現をしたい人には参考になる程度。

やはりこれ以上の意味は自分の中で見出せてはいない。ただ、いままで、よりはこれから、な印象を受けたけれども、大雑把にしか捉えていないし、鍵は地下室に行くときに使用したから、やはり今までに対しての内容かも知れない。今見たらカッターカチカチしていたり、少女が走っていたりとか、どう見てもIIの内容でした。

その他の関連事項

あとゲームの時に赤文字を押すことによってスタッフロールが流れるようだね。だからミスするとキャラクタの吹き出しとか出ていない。
最後に、オートはわからなかった。多分全部ノーミスでクリアすれば使えるようになると思う。

結局ここまでしかわからず。だから僕からは、ムービーが見たいのなら、意識せずにほぼコンボつなげるか、ノーミスでクリアしろとしかいえない。僕もあと少しだったんだけどなぁ、最後で1ミスしてしまった...

プリントスクリーンで残っている画像はこんなものか。

破局的、スコア251273

結局チャレンジしているうちに自殺モノの結果が出た。'A`破局的、スコア309196

去人たちにまつわりそうな話

29 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/01/21(月) 08:40:29 ID:k32iqJl9
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2040679
PCがへぼいせいかランク出た後が見られなかったのでありがたい。
特別篇とZEROとlast worldはそのうち出るのかな?

去人たち3スレ目より引用。

僕はニコニコ嫌いだからその動画はみていないけれど、特別篇以降については、作者blogで kow@suhitoさんが、もうきりがないのでそれらをつくって終わりにしたい、といっていましたよ。

あと、『去人たち 考察』で検索をかけてもレビュー含み、知的な反論がでないでない。これはもしかするとユーザーが少ないのか、それとも本当に意味なんて持たせていない、のか。まあ少なくとも僕はこれを論じるほどの知識もなければ、同作品を遊び倒してもいない。信者だけども。

同じ類なら、Ra/Ra/Ru/Ru/Ru(うる覚え)の『ゲシュタルト崩壊』の方がにぎわっていやしないか。

後日この作品のレビューをしようとは考えているのだが、完全版IIのストーリーが蛇足にしか感じなかった。でもしかし、蛇足じゃなくて、もっと大事な表現を読み落としていた線が濃い。医者のねえちゃん(名前忘れた)がトラに食われたのかネコに食われたのか、一瞬ごっちゃにしてしまい、それともネコの名前はトラだったかと記憶の捏造まで起きてしまっている以上、とりあえず完全版まで、ちゃんとしたレビューは控えたほうがいいのかもしれない。それももう一度やり直して。

ところで僕がこの作品が独特の魅力を持つのは、その語り口もあるが、以下のものの方が大事だと思う。

舎密部なんてトンデモ設定を持ち出して、しかも登場人物が狂言回しでしかない始まりだった。そういったお話なんだな、なんて最初思ったのだが、最終的には(バックにおく設定はとりあえず無視するとして)その狂言回し振りも実はこうでした、と回収しているのが同作品だ。ほかのゲーム群なら、こういった系統のストーリーは現実よりも『ちょっぴり』トンデモにしてストーリを作るが、去人たちは、『めちゃくちゃ』トンデモ設定にしてストーリーを作り、回収している。それが同作品の魅力だと、僕は思う。

2008年2月17日

フリーゲーム論─インフレのバランス─

目次

文章の規模が大きくなりすぎたので、多少でも読みやすいように目次とその説明を書いておきます。もしタイトルに興味があるのであれば、このまま読み進めていってください。

注意!ページ内リンク

  1. はじめに
    簡単な文章の内容の説明
  2. 1章:インフレーションの定義
    本文中でのインフレについての分類わけの説明
    ステータスのインフレ
    値的なインフレの分類の定義
    行動範囲、表現のインフレ
    土地や選択要素のインフレの分類の定義
    スキル、地位のインフレ
    上に含まれないインフレの定義
  3. 2章:良いインフレ、悪いインフレ
    何が良いもの悪いものであるか
    取り残される場合の特徴
    ステータスのインフレの失敗例
    Diablo2のMODを例とした考察
    ステータスのインフレの失敗例まとめ
    3つの教訓からわかること
    行動範囲、表現のインフレの失敗例
    アンディーメンテ作品とゆめにっきを例とした考察
    行動範囲、表現のインフレの失敗例まとめ
    3つの教訓からわかること
    スキル、地位のインフレの失敗例
    ブラットレイン、三国志、Rise of Nationsを例とした考察
    スキル、地位のインフレの失敗例まとめ
    3つの教訓からわかること
    失敗例全体を通して
    上記までの9つを踏まえて巨視的に見てわかる新たな3つの教訓
    良いインフレ
    ステータスのインフレの成功例
    ZAngbandを例とした良い点
    行動範囲、表現のインフレの成功例
    りべ・いすと戦娘2を例とした良い点
    スキル、地位のインフレの成功例
    パポタを例とした良い点
    成功例全体を通して
    成功例は必ずどこかがないがしろにされているということ
  4. 最終章:切り捨てるべきところと改善を図るべきところ
    成功例、失敗例のまとめ読了後に読まれることをおすすめする、妥協案も含めた結論
  5. あとがき
    結論と以上を踏まえたお勧めインフレゲーム

はじめに

銘は仰々しく、その実、意味薄なこのコラム、予想外にも結構読まれる方がいるようです。できれば連続性のある話題で展開したいのですが、まさに備忘録ですので、関連性に乏しい点はすみません。

今回はフリーゲームとは少し離れてしまうかもしれません。扱う話題は、初期値と比較した、もしくはその他のゲームよりもなんらかの規模が大きいことによる、インフレーションから来る快感が強いゲームについての考察です。また、そのインフレーションがもたらす快楽は、他にどのような魅力を持たせる手段となりえるのか、これについて考えをまとめます。

今回も長文ですので、だれると思いますが、良くも悪くも他にはない切り口で書いていますので、ゲームの魅せ方を考えている方は特に、おすすめとしたいところ。自分で言うのも変ですが。と、前置きはここまでに、ごゆっくり読まれてください。

1章:インフレーションの定義

ここでのインフレーション(以下インフレ)は、以下に示す3つとする。それぞれ共通点はあるが、僕が系統立てて考えていく中で、個別に分けたほうがいいと思ったので、そうすることにする。

ステータスのインフレ

まず1つ目、『ステータスのインフレ』。これはプレイヤーが扱うパラーメータが、後半にいくにつれて、およそ初期値の10倍、100倍そして1000倍に近づくゲームのことを指す。なのでドラゴンクエストの場合、最終パラメータは1000倍とはいかないので、平均的な成長システムとする。反対にファイナルファンタジーの場合は、9999越えが可能な攻撃力を持つ点からインフレとする。

この類のインフレは、後半超人化する、もしくは後半だれるゲームとして表現されることが多いものだと思ってもらいたい。

行動範囲、表現のインフレ

2つ目には『行動範囲、表現のインフレ』。ドラゴンクエストでは、基本的に鍵を幾度か手に入れてから、船、と決まったパターンでシナリオが進んでいく。これが主軸である、と捕らえるのであれば、このインフレに従っている。ただし、後半では行動範囲が広まっているか、といわれればそうでもないので、あくまでも平均的であるように思える。

表現のインフレとは、インフレと言い切るには微妙だが、『ゼルダの伝説:ムジュラの仮面』のお面クエストは該当しているかもしれない。具体的に、ひとつのお面からモーションを起こし、それを見た人が驚き、更なるお面をくれる、そしてこのお面が複数に効果を及ぼすとするなら。1から2つを得るのであれば、2段階目には4つとなる。これがどちらかといえば指数関数的であるのであれば、当てはまるものとしする。

この類のインフレは、製作者側のデータ量がものをいう。必要なものは、インフレに伴うバランス維持ではなく、データそのもの、新天地等の魅力に関連するものだと思ってもらいたい。

スキル、地位のインフレ

次に『スキル、地位のインフレ』。インフレの中でも、数値的なものではなく、プレイヤーに付与されるサブ的なものだ。具体性に欠けるが、ただ数が多いだけではインフレとはいえない。『レミュオールの錬金術師』などは、100を超える図鑑データを埋める点では、値は大きいが、一つ一つ埋めていく点から地道なものと言えるので、これには当てはまらない。ただし、もしこのゲームでお金が貯まっていくと、他の店も買収できて、相乗効果が見込めるといえば、地位の点において、最初から大きく変化をしているので、インフレであるといえるだろう。このインフレーションについては、いい例が挙げることができないので、思いつき次第、追記したい。

したがって、このインフレについては、その他も含めることにする。その他に分類した場合は、その都度説明を加えることとする。

2章:良いインフレ、悪いインフレ

定義を踏まえて、良いインフレと悪いインフレについて考えてみる。何が良くて何が悪いのか。

単純に捉えると、ゲームを終える直前まで、インフレの楽しさの醒めることがないのが良いインフレである。反対に悪いインフレとは、製作者が意図したものとは異なり、インフレにユーザが取り残されていき、飽きることが当てはまる。

それではもっと砕いて考えてみる。まずは悪いインフレについてである。このような題材は、外堀を埋めてから、成功する外形を捉えていこうと思う。

取り残される場合の特徴

インフレのメリットは、最初からは想像のつかない事象をもたらしてくれることだ。そしてそれは上の3つの共通点でもある。これにより、ワクワクが後半まで続くこととなる。

このとき取り残されるということは、ワクワクが途中で途絶えてしまったために、後半に製作者が作りこんでいたとしてもやる気がなくなってくる、ということだ。

まずこれが考え方にあたっての大枠である。取り残されればユーザは離れていく。反対に最後まで遊びたい、と思わせそうさせているのであれば、インフレを魅力として扱うことに成功しているわけだ。

また、失敗例を挙げていくにあたり、あくまでも主観であり、その魅力に最後までついていける人もいることと、失敗例ゆえ、普遍的なゲームを引き合いすることは難しい。よって、ここではあえて成功例でもそれになじめない場合はなぜか、そこに焦点をあてて考えていく。

ステータスのインフレの失敗例

個々のインフレに失敗している例を引き合いにしてみる。まずは1つ目のインフレ、『ステータスのインフレ』についてである。

しかし、個々の作品を引き合いにするほど僕はフリーゲームを知り尽くしてはいないし、多くの場合途中で放棄するほどずさんな出来であるはずだ。よって、大好きな方も多くいるDiablo2のMOD、『Nezeramontias』を題材にする。

このNezeramontias(以下Nez)は、僕もよく例として上げるインフレゲームのDia2を、更に1000倍以上インフレさせたものである。アイテムの数も増え、PCリソースの限界まで描画するような出来上がりとなっている。3段階あるレベルをひとつ進むたびに、これ以上は無理と絶望するくらい難しい難易度となっていて、最後の最後には100万ダメージを与えてくる敵(通常版のプレイヤーライフは多くて1000)に、無敵であったりと、Dia2を遊び倒した人ほど驚いてやまないバランスがこのMODの特徴である。

しかし、最高に面白いこのゲームは、たまに面白くないという意見を耳にすることがある。それはなぜか。ここにインフレゲームを作る際になおざりにしてはならない答えがあるように思える。例によって3つの点から考えて見る。

一つ目に、インフレが進みすぎ、値が大きくなってくると、その数値を管理するために振るポイントなどの作業時間が増えていくことだ。通常であれば5回クリックをすればいいところで、100回クリックしなければならなく、それが10もあれば1000回クリックしなければならない。

二つ目に、値そのものの失敗だ。大抵のゲームは999ないし9999が最高ダメージである。それに対して万のダメージであったりすると、とても新鮮で、力強いイメージへと直結させることができる。しかし、これが更に2ケタ増えたとする。『1000000』と目に入る。そこで、『1020000』と2万値を大きくしてみる。さて数値の上昇が体感できただろうか?上昇したのは2%。しかしこの2%がどのように戦闘に役立ってくれるのか。インフレしすぎるとその値の価値がわからなくなってくる。これは金銭感覚と似ていて、人は体感としての既知の値を大幅に超えてしまうと、それがどういう意味を持つのかがわからなくなってくる、ここに問題があるとみて間違いないだろう。

三つ目に、値が大きくなったことで何がなせるか、すなわちそれに関連したイベントが起こるかどうかだ。結論を言うと、Nezにおいては、ある程度の装備などを整えて、値も大きくなってしまうと、次に目指すものは、ランダムに落ちるアイテムを集めて起こすことが可能なイベントの実行のほかない。ただしDia2というベースがあるために、そのイベントも新しい装備が手に入る、以上のものでもない。こうなってくると、ある程度値が大きくなると、装備で値が上昇する魅力が少なくなってくる。それは2つ目にあげた、数値の上昇とたいした差がないからだ。

また3つ目のイベントに関することとして重要なこと、それはパラメータが指数関数的に伸びていくのに対して、イベントの時間間隔は指数関数的に伸びてはならないということだ。これは後々の考察にも深くかかわってくるかもしれない。

ステータスのインフレの失敗例まとめ
  • ゲーム進行に関係の薄い作業の増大
  • 知覚しにくい能力値の上昇
  • 能力の上昇に伴うイベントの魅力低下

これらがNezから学べる失敗3例だ。根幹となるDia2システムの限界といえる部分も多くあるが、インフレのゲームにおいて、インフレするべきなのは単純に値にとどまらず、それに伴う操作量の反映も増えなければならない、ということが1点目からわかる。次に、知覚しにくい能力値は、特にNezの場合は、その馬力がでる理由がバックにないことが大きな問題となっている。すなわちシナリオ上での理由付けがないために、能力の上がっていくありがたみを忘れ、次第についていくことが出来なくなる、これが原因だ。イベントの魅力低下、これについては後半の報酬も能力値の上昇という、悪く言えば馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返される報酬のことである。また、ここで肝心なのは、ステータスの面において、次の報酬を得ることにより、今回の報酬は無価値になるのであれば、今回の報酬で何かをなせない限り、時間の浪費でしかない、というよくよく考えると虚しい時間をユーザに使わせるシーンを、無意識に作ってはいないか、ということだ。

これらを踏まえて、ステータスのインフレでは、ただ能力が上がるだけでは、次第に魅力は損なわれていく、という現象が成り立っている。すなわちステータスのインフレだけでは楽しいインフレゲームと感じない人もいるわけだ。

行動範囲、表現のインフレの失敗例

次は『行動範囲、表現のインフレ』の失敗例である。先の定義に従って考えると、新天地を追加したが結果として裏目に出た、とか、表現が増えたがやっぱりそれも裏目に出た、辺りである。さて、事実としてインフレは普段体感できない世界の加速を感じるものであって、ずばり新天地なんかは、宇宙または他世界のゲームは既に当てはまっていると言っても良いだろう。とはいったが、なかなか引き合いに出せるゲームがない。単純に、僕の考えに沿うとやたらとフィールドが広いとかそういった次元になるので、そもそも例がごく小数になる。よってアンディーメンテ(ジスガルド)さんの『RS』とか『怪盗プリンス』を対象に考えてみたい。

同作品は、webでの評価は高いし、失敗例、ではなく、疑うことのない成功例である。ただここであえて失敗例としたのは、行動範囲が広すぎる上に難しく敷居が高いから、という高評価と知った上での贅沢な指摘である。

まず、主人公は開始とともに宇宙にいる。そしてどこか適当な星にいって、戦闘をしてアイテムを入手したりでのし上がっていくゲームであるのだが、主人公も当たり前のように腹が減るわけで、食料は少ししか持っていない。

そしてこのサークルの特徴が、ゲーム開始時には何をすればよいかの情報を与えてくれないのである。なので『怪盗プリンス』では、この食料を手に入れるために、宇宙の店を探すのがいきなり壁として立ちはだかる。

この問題をクリアし、ようやく序盤を抜けようとするときに。新たな生産スキルなどが現れるのだ。そしてこれは、とある印象に薄い星に行って、駆使し続けなければ、その間にもどんどん敵は成長していき、中盤苦戦しすぎてゲームにならない。自分で対策を練るスルメゲーが好きな人はこれでも良いかもしれないが、ネットで調べろといわんばかりのシステムに、音を上げた人も多くいるだろう。ちなみに僕は、RSは地道にプレイすることができたが、怪盗プリンスでは70時間程度費やした挙句の果てに、限界を感じて引退してしまった。なんともコアなゲームである。

表現の方面では、難がある、というレベルで言えば『ゆめにっき』である。同作品は、夢の中─それも悪夢─の中を彷徨って、ただ彷徨い続けるゲームである。ただしクリアのための条件があり、それは広大なマップの中たたずむモチーフにアクションを起こし、そこからアクションをもらい、アクションを増やしていき、すべて集めればクリアである。

これも間違いなく優良な作品である。特にファーストインプレッションは秀逸で、本当に夢の中に出てきかねない。

ただしそれも彷徨うレベルで楽しむのであれば、の話である。広大なマップからアクションを入手し、そしてアクションを起こすかどうかも疑わしい対象に、ひたすら試し続けるのである。ツボにはまれば最高に楽しいが、拷問とも取れなくもないゲームである。したがって、初心者にはこのクリア目標は非常に難しいものであるし、なによりクリアまでのワールドイベントは、『奇怪な敵がより早く、多く走り回るようになるだけ』である。なんともいえない悪夢がここにある。

行動範囲、表現のインフレの失敗例まとめ
  • 広すぎて何をしたら良いのかわからない
  • 上記の行動にペナルティを伴う
  • 表現の追加は、単純に試行錯誤の手間を増やしただけ

これらが失敗3例である。一つ目は、ただ単に広い、だけではアウトということである。ただしこの広さが、気を引く景観を伴っているのであれば、全く問題にならないどころか、確実なプラスに働くだろう。

二つ目は、この広すぎるが故の試行錯誤に、ペナルティがついて回るものである。ユーザは何をしたら良いかわからないのに、その行動の結果、後に悪影響を及ぼすなら、試行錯誤の意欲すら押し込まれることとなる。製作者が意図していない限り、これはタブーといってもいい程度の失策である。ただし、プレイしたての5分などで実行したが駄目だった、など最初やセーブポイントからの短いスパンで結果がわかるものなら、まだ良いだろう。それも持ち味であるし、短ければ短いほどユーザの受けるストレスは少ないものですむ。

三つ目は、ステータスのインフレで挙げた、『ゲームの関係の進行に関係の薄い作業の増大』と同じニュアンスである。製作者は意図していない限り、ユーザに対して無用な作業を与えるのは望ましくない。また、製作者がひどい気まぐれであった場合、ユーザはその過去の出来事を思い起こし、製作者がそれはありえない、と考えていたことまで試しだすことがある。例えば壁に移動キーを押し続け抜けれると考えたり、バイオハザートのようにテキストを百回読み出すこともなんら不思議ではないのだ。製作者が気まぐれであったとしても、ある一定の秩序を与えるべきである。例として、暴挙に出るのは隠しダンジョンのみで、エンドロールが流れるまではごく一般のつくりにする、などがある。

もう一つ、このインフレが通常よりも劣る場合、一部の人に好かれ、多くの人からは受け付けられないゲームになりがちであるということだ。

スキル、地位のインフレの失敗例

三つ目は『スキル、地位のインフレ』の失敗例である。最初に良い具体例がない、と書いたとおり多分、今は出てこない。だからこの項目はその他的なものとして捕らえて欲しい。それに地位がインフレしてそれだけで楽しいものは聞いたことがない。

さて加速度的に変化するインフレにおいて、スキルや地位とは、ユーザのスキルを指してはいないことはもうお分かりだと思う。ここではスキルのインフレの失敗例として、商用PCゲームの『ブラットレイン』というアクションゲームを出してみよう。このゲームはシナリオが進むたびにコンボが出来るようになる。パンチだけだったのが、ワンツーになり、そしてハイキック、とび後ろ回し蹴り、と攻撃モーションが増えていく。ただし困ったことに、後半のコンボは、モーションが大きい上に、外してしまうと2秒程度無防備になってしまうのだ。そうなると、このコンボに観賞以外の意味はあるのだろうか。友人はこれをボスでは2回攻撃までしかしないことで勝っていたが、それは虚しいものだ。このままではボタンを押すなゲームになってしまう。

スキルの別の例を出してみよう。先の例だとただの比例ではないのかと言われそうなので。コーエーの『三国志9』辺りが良いだろうか。バージョンが正しいどうかわからないが、このゲームはなんと孔明が誰でも自分の将軍にするために引き抜いてしまうほか、流言を用いた場合、100%成功してしまうので、戦争になったらこれを用い、敵国は軍隊の引き上げばかりに資源を用いることを強いられ、要は孔明がいると勝ててしまう。これは単純にバランス調整を行っていないだけに思えるが、一人の優秀な人間にだけ、特別扱いをすると失敗する良い例である。

地位のインフレについては、ゲームの名前を忘れてしまったが、経済を操る類のゲームである。最初は貧乏からのし上がっていくのだが、後半は大企業を買収にかけることが出来る。結果、買収にかけた費用は戻ってくることとなり、現実世界でこれを行使しまくると、違法になるようなことも軽々とやってしまう。どうせなら一定確立で自分の会社も序盤から敵対買収されれば公平だが、果たしてそれがゲームといえるのだろうか。少なくとも針の穴に糸を通すようなゲームをしたいとは思わない。

この会社のものに似た、良い例があった。マイクロソフトから販売されている『Rise of Nations』である。このRTSは、シナリオ中に他国と簡単な経済活動を行うことが可能である。その経済活動は、お金、土地、戦闘で効果を発揮するカードなどのやり取りである。それで何が出来るか。友好国に首都の隣の土地を売ってもらい(もしくは交換)、それの後に、有用なカードも売ってもらい、そしてそれらを使って首都を攻め落とすのである。そうすると国が保有していた土地とお金がすべて自分のものになるのである。

僕はこのゲームが好きだし、この点だけで優劣を語るつもりはないが、少なくともこのシステムは不恰好なものである。せっかく脳内でロールプレイングをしようとしたところで、愚劣な敵国の対応しかないのであれば、そうも思えるだろう。

スキル、地位でのインフレの失敗例まとめ
  • 操作ミスを誘発する設計
  • 平均的な世界での規格外
  • 勝利により完全返済される投資

一つ目。これは他のインフレ失敗例でも挙げたとおりに、インフレに伴ってユーザにストレスを強いる設計は、意図的にでない限りするべきではない。

二つ目。これはフリーゲームでよくあるミスだろう。例えば天使のような存在をおいて、そいつが最強理論により、決して負けることのない状況を作り出してしまう、ということだ。平均的な世界に規格外をおく場合は、そのシステムバランス以上に、感情移入の点で飽きを生じさせてしまう場合がある。これはノベルゲームでも同じで、適度なリアリティをもたせることも大切である。また、PRGなどでこれを用いる場合、まだ仮説でしかないが、ポアソン分布を用いるなど、確立、統計の知識を流用すれば、何か安定性の面で優れるシステムが出来そうな気がする。二つ目の内容も、これだけで新しいフリーゲーム論を論じる得るだけの内容となるだろう。

三つ目。これは海老で鯛を釣る、ということ。ゲームチックに考えるなら、その釣った鯛を売って、海老を飼おう。しかしそれではユーザのリスクは減り、その賭けに失敗したときはセーブデータを読み込むのみである。したがって、勝てば投資が同質に返ってくるシステムはよほどの自信がある限り用いるべきではなく、返ってくる投資は変質させるべきである。そうすれば、正当な報酬を保ちつつ、ありきたりさをなくすことが出来るはずだ。

こうやって挙げては見たが、どうにもここはインフレ以外の観点から見るほうが都合が良いだろう。後日また掲載するであろうフリーゲーム論で追って考えてみたい。

失敗例全体を通して

もう一度失敗の原因をここに提示しよう。

  • ゲーム進行に関係の薄い作業の増大
  • 知覚しにくい能力値の上昇
  • 能力の上昇に伴うイベントの魅力低下
  • 広すぎて何をしたら良いのかわからない
  • 上記の行動にペナルティを伴う
  • 表現の追加は、単純に試行錯誤の手間を増やしただけ
  • 操作ミスを誘発する設計
  • 平均的な世界での規格外
  • 勝利により完全返済される投資

ここから巨視的に捉えてわかることは何か。一つ目はインフレと称して、単純にプレイヤーの入力が増えていくだけ、もしくは結果的にそうなってしまうことが多くあること。インフレさせるときは、一体何を大規模なつくりとして見せたいのかを考えなければならない。

二つ目は、インフレを中心として進むはずのゲームが、インフレでない部分に足を引っ張られていることがあること。インフレさせるときは、その他の部分で制約を掛けてしまうとインフレになりきれないほか、一つ目の入力の増加も引き起こしてしまう可能性がある。

三つ目は、インフレに伴って、他の要素がないがしろにされることがないようにすること。イベントの魅力が下がることも然り、インフレの要素だけで投資の完全返済を狙えたりするものは、他の部分が無駄となってしまうばかりか、インフレに頼るだけで進行できる単調さをもたらすこととなる。二つ目を踏まえたうえで、他の要素はインフレと適度なシナジーの関係にあるのが理想だろう。

長かった失敗例に対する考察はここまでで、以上の9つと新たに解った3つを踏まえて、後半の良い例はテンポよく、逆説的に話を進めていきたい。

良いインフレ

ここからは良いインフレである。考察はここまででだいぶ行ったので、あとは流用でトントンと話が進むはずだ。

ステータスのインフレの成功例

ローグライク─風来のシレンに似たシステム─のbandシリーズが、もっと広義に捉えるとD&Dシリーズはこれに当てはまっている。僕のプレイしたbandシリーズである『ZAngband』は、ダンジョンの奥にいるラスボスを倒すというもの。最初はシレンのようにバランス系であるが、後半は敵も装備もインフレしていく。ただ、ここで大事なのは、強い装備でがちがちにすれば容易かと思いきや、敵の攻撃には属性を持ったものがあり、それは10以上もあるので、すべての耐性を持たせる前提で装備を考えていかなければならない。また、同作品は、死んだらデータが消えるためにゴリ押しはあくまでも自己責任なのである。

非常に敷居が高いが、このゲームは一辺倒では勝てないという面で、優れている。ただし他の面に目を向けると、潜れるダンジョンはほとんどないのだが、下手するとゲーム開始とともに死ぬことと、またゲームのシステムを熟知しなければ、とんでもない目にあいがちなのは、行動範囲、表現のインフレの面においては、苦しいものがある。

行動範囲、表現のインフレの成功例

さすがにこの分類は、これが出来れば大衆にうけが良い、と書いたとおり市販ゲームに多くある。いちいち説明するのも野暮なので、タイトルだけ簡単に列挙しよう。『TES3 Morrowind』、『MIST』、『HALO』そして『アサシンクリード』である。ここからいえるのは、どれも総じてスケールが大きく、異世界を連想させる。また、グラフィカルである。ただし説明を加えたいものも更に2つある。『ダンジョンシージ』と『NeverWinter Nights』のフリーワールドのNordockである。マルチで味わうことが可能な、探索の楽しさを教えてくれるのは、この2つに勝るものはない。どちらも次のマップに進むたびに見られる美しい世界と音楽は、まさしくロードオブザリングの世界を歩いている、ということが出来るだろう。ちなみにダンジョンシージには砂漠があり、まことしやかにピラミッドの存在がささやかれている。本当にあるのだが、この砂漠、とても広く、幅7分、奥行き7分程度である。ここで視界が20秒で移動可能な距離しか見えないとすると、単純計算で、21×21、442分程度探索しなければマップは埋まらない。5時間探してもピラミッドが見つからなかったこの感覚は、同じプレイヤーでしか味わうことがないだろう。

すこし神秘体験にノロケてしまった。それでは肝心のフリーゲームでは該当するのはなんだろうか。フリーでの拡張マップ、と言う点では既に上のNordockは満たしている。純粋にフリーのものでは、『りべ・いす』と『戦娘2』が挙げられる。前者はシナリオ物のRTS、後者は女の子育成ゲームだが、後半に隠しダンジョンが発生し、そこに潜ることが可能となる。そしてそれに費やす時間は、シナリオの1/3程度もあり、僕は思わぬ楽しさとして享受することとなった。どちらも内に向かうという面で、行動範囲がインフレされたわけである。

スキル、地位のインフレの成功例

AIを用いるのであれば、段階的に難易度が決めれるほどに作りこんでいれば成功している。それにより、こちらだけ賢いプレイをすることが避けられるからだ。後はユーザの実力に応じて使い分ければよい。しかしそれは相当に難しい話で実現しているものは市販品以外僕は知らない。

『パポタ』は、この点では成功しているかもしれない。適度なアクション性と、成長要素、合成要素はフリーでは秀逸である。ただし、ステータスのインフレのUIの項目やイベントの間隔などが致命的な出来のために、良くも悪くも一般的なマゾゲーのバランスだろう。

成功例全体を通して

もうお分かりだと思うが、今のところ、大衆性と個性は両立することが大変難しいと思われる。なぜなら、成功例はないがしろにしているほかの点があるほど良い個性となり、行動範囲、表現のインフレで成功しているものは、大衆性が増す代わりにデータ量が膨大となり、個性を出すほどの余裕が出来にくいのだ。

だからこそ、個性を前面に打ち出して行動範囲などを規定していく失敗例のアンディーメンテやゆめにっきは、この点を切り捨てたために他の点で秀逸になれたのだといえる。

したがって、特に個人製作の場合は、(システムなどすべてを含めた特出した意味での)個性、(地形などの)データ量、大衆性の比重を考えなければならない。個性とデータ量を充実させれば、特に後半になるにつれてついてこれるユーザは減る(むしろ最初から淘汰されるか、でないかでもう決まっているかもしれないが)。また、個性と大衆性とは、前回のフリーゲーム論を通じても、両立できないとしている。ただ貴方の個性が、大衆受けしやすい、最大公約数的なものであればいいのだが、そうなったときは、ごく少数に向けられたインディーズの魅力はきっと失われているだろう。

最終章:切り捨てるところと改善をはかるべきところ

ついに最終章だ。2章の悪いインフレでは、優秀な作品でもなじめない理由を考察し、良いインフレでは優秀な作品が先に定義したなじめない理由に該当するかを考察した。なぜならば、僕が良いというゲームでも間違いなく批判されている瞬間があるわけだ。

するとやはりというべきか、インフレという枠では捉えきることが出来ず、もっと高いところから判断するしかない、という結論に僕は達してしまった。どうにもユーザという者は直感的に考えてもそうだったが、僕の考えられる範囲で順を追って考えても、趣向というものがあって、それにそぐわなければ面白くても遊ばない事実があるわけだ。

だがここまでの成果として2点、1つはユーザが面白くないとする理由に一定の法則があること、もう1つは1つめを踏まえたうえで、改善が図ることが可能な失敗点と、個性などと割り切って取捨選択をしなければならない点があることがわかった。ただし、ここでも個性の拡大解釈をすれば、失敗点も個性の1つ、と言えるかもしれない。

それでは先の9つを、個性とみなせる範囲と、改善を図るべき範囲に分けよう。

改善を図るべき問題は以下の通り。

  • ゲーム進行に関係の薄い作業の増大
  • 能力の上昇に伴うイベントの魅力低下
  • 表現の追加は、単純に試行錯誤の手間を増やしただけ
  • 操作ミスを誘発する設計
  • 勝利により完全返済される投資

これらである。何度もいうが、これらを意図的に用いない限りは、不要の産物である。それではどう意図的に用いるかだ。

『能力の上昇に伴うイベントの魅力低下』、これは、たまに用いると、ユーザの注意を誘うことに使える。イベントの報酬が少なかった場合を学習し、今後ためらうようになる。ただしそれは次の重要なチェックポイントが別のところにあるため、だとするならば、無意識のうちに注意を正しい方向にもっていくことが出来るかもしれない。また、『操作ミスを誘発する設計』ボンバーマンの入力の反転による操作妨害、これはインフレになんら関係がないが、これまでに目くじらを立てる必要はなく、むしろ楽しむためのものだろう。

個性とみなせる範囲は以下の通り。

  • 知覚しにくい能力値の上昇
  • 広すぎて何をしたら良いのかわからない
  • 上記の行動にペナルティを伴う
  • 平均的な世界での規格外

これらは改めて説明する必要はないだろう。どちらかといえば好き好んでユーザが欲しがるストレスの類はこの中にあるように感じられる。

ただし上の分類も、既に単純明快に砕いたものであり、元の失敗例からは離れていることを忘れてはいけない。だからこそ、再度書くが、以下の点を踏まえた上で、効果的にストレスとなる要素を使うべきだ。

ここから巨視的に捉えてわかることは何か。一つ目はインフレと称して、単純にプレイヤーの入力が増えていくだけ、もしくは結果的にそうなってしまうことが多くあること。インフレさせるときは、一体何を大規模なつくりとして見せたいのかを考えなければならない。

二つ目は、インフレを中心として進むはずのゲームが、インフレでない部分に足を引っ張られていることがあること。インフレさせるときは、その他の部分で制約を掛けてしまうとインフレになりきれないほか、一つ目の入力の増加も引き起こしてしまう可能性がある。

三つ目は、インフレに伴って、他の要素がないがしろにされることがないようにすること。イベントの魅力が下がることも然り、インフレの要素だけで投資の完全返済を狙えたりするものは、他の部分が無駄となってしまうばかりか、インフレに頼るだけで進行できる単調さをもたらすこととなる。二つ目を踏まえたうえで、他の要素はインフレと適度なシナジーの関係にあるのが理想だろう。

あとがき

うぁーこんな長文を書いたのは初めてです。最初はインフレのバランスとタイトル通りに終えるつもりだったのですが、思考の過程でどうにも製作者の個性を除外できなくなって。そうするとユーザの嗜好も考慮に入れなければならないので、これだけ大規模になってしまいました。

引用データが膨大になったのも1つの原因ですね。やはり少ないサンプルから全体を導き出すのはとてもおこがましい。そうしないためにもありとあらゆる方面から引っ張ってきて、そして注釈を入れていくと更に大きくなっちゃって...

そしてあとがきで結論を言いましょうか。型にはまった答えはないが、もし貴方が手にとってもらうためにゲームを作っているのであれば、無鉄砲に作るのではなく、もっと広域のことを理解した上で、作りたいように作るのが一番良い。

絵と同じですね。萌え絵も人体を知っているほうが、崩したときも質の高いものになりやすいです。多分また僕の考察で出てくると思いますが、守破離、です。これが出来てからのほうがより良いものになる。ただまあ、フリーゲーム作っている年齢層からすると、こんなこといってもほとんど無駄なんですけどね。

守破離、知らない方がいましたら、ぜひ調べてみると良いです。物事の基本ですので。

最後に長くなったのであとがきに持ってきたのですが、紹介したいゲームがあります。僕が考えていくにあたって、定義したインフレの型を高度にこなしたゲームです。『プログレッシブ光の勇者達』、今はもう、公開していなく入手は難しいかもしれませんが、2003年くらいのティックウィンのフリーゲーム特集にありますので、ぜひやってみてください。

内容については、また後日どこかで語ろうと思います。もう疲労感いっぱいの3日にわたる執筆でした(笑。ここまで読まれた方、お疲れ様でした。僕もお疲れです。読まれた方の肥やしに少しでもなれればいいな、と願っております!

2008年2月18日

フリーゲーム論─何故面白く感じるか─

はじめに

いろいろとフリーゲームについて考えて暇を潰していたところ、たびたび見る内容を思い出しました。今日はそれについて反論、というか思い出してもらいたいことを書き綴るわけだけども、いかんせん試験シーズン真っ只中。簡単に書いて、必要であれば後日追加記事が必要かもしれません。

1章:遊び手は何を期待するか、期待するべきなのか

さて、期待するべき、なんて素晴らしいほどに高慢なタイトル。それはともかく、先にリンク先の記事を読んでもらえると話が早い。

「フリーでここまで出来るのは凄い」という褒め言葉からも分かるように、「市販の作品にどれだけ近づけたか」が、フリーゲームの評価軸になっている節があります。市販のゲーム=『完成形』、フリーゲーム=『未完成形』という構図になっているわけです*1。しかし、市販のゲームが『完成形』なのであれば、逆に言えばお金さえ払えば幾らでも『完成形』が手に入るということでもあります。

[ゲーム製作] アマチュアとは一体 | sam113のブログ的生活(実践編)

参照元は5段落からなる内容。書かれたのは2005年と、もう3年前だが、この内容もいつも話題になるものだ。

さて、世の中にこのような見方をする人たちは、遊び手に多くいる。作り手の場合は、似せようと努力して評価されるのであれば、本望であろう。しかし市販を意識していない作り手に、しばしば向けられるこの発想は、すこしむごすぎやしないか。

単に遊び手がこう告げたとき、僕には『あんまり考えていないんだなぁ』と思わざるを得ない。いやまあ、世の中の大多数の人は考える必要はないのだけれど。これは、どっちが正しくて、どっちが間違えているとかの優越感を求めるためではなくて、純粋にフリーは何を想い、作られているのかという根本を見ていないんだな、っていう僕にとっての一種のつっかかりになるわけだ。それはなぜか。

2章:フリーゲームって、なぜあるの?

そこに切り込んでいくのがこの章だ。フリーゲームはなぜ在るか。これを考えたことはあるだろうか。

僕には、これが作者の思惑により、5つくらいに分類できると予測するけど、今回考えるのは1つで良い。それは、依然告げたように(フリーゲーム論─買うとタダの違いとは─覚えの無い方はこちらを参照)、楽しく時間を潰せるから。ずばり単純にこれだ。

ただしこれには前提がある。特にビデオゲームと呼ばれたこのデジタルゲーム群において、僕の予想では、市販のゲームが存在しなければ、フリーのゲームは成長しなかっただろう。それどころか、記憶違いでない限り最初に作られたテニス、は市販のため(製作にあたっての動機は技術的探究心でも、次に商売への転用を思いつけばこういっていいだろう)ならば、フリーゲームは存在しない今がある、と言い切ってもいい。

これにより何を言いたいのかというと、ゲームする人はすべて等しく、先にゲームに触れた上で、自己表現としてゲームを思い立っているということ。だから上が正しければ、ゲームで遊んでいなければゲームをつくろうなんてまず考えない。これにより、フリーゲームを作る人は皆、市販ゲームを知っているわけだ。

つまりは、フリーゲームを作るとき、目標にするしないにかかわらず、市販ゲームが既に頭の中にあるわけである。そして、その概形を意識して初期のフリーゲームは作られた。ノベルゲームで言えば『雫』や『傷痕』で『天雨月都』などが作られているわけだ。そして、ドラゴンクエストを経て、RPGツクールが作られたわけだ。少なくともこの点では否定する見方は出来ないだろうと考えている。

そして以後のフリーゲームは初期のフリーゲームも参考の域に含まれる。そうやってきて、今へと至る。

3章:もしフリーが優秀であるならば

ここまでで、商用があってのフリーだと書いた。そこから僕はこう言いたいのだ、フリーゲームは商用の日陰であり続けるべきで、決して商用と並ぶべきではない。

例えば、だ。フリーは品質が低くて遊べない、と言う方には理解できないかもしれないが、そうでない人には共感してもらえると思うことがある。それは、商用をにおわせる品質のフリーゲームに触れたとき、果たして手放しで売り物に近いタダに喜べたかどうかだ。僕は作者の意欲には敬意を払うが、このレベルに達した瞬間に、フリーとしてではなく、商用と同格のレビュー基準へとシフトする、無意識下に。そして作者が複数かつ少人数だった場合。もしかすると不純な動機すら感じていかがわしく思うかもしれない。

それはなぜか。フリーとしてあることがそもそもの疑問なのだ。間違いなく同人で出せば利益を得られるであろうものなのに。僕はこの点について、もしかすると作り手は、この決定的に高い品質がフリー界において、頂点に立つと考えて公開しているのだと汲み取るだろう。そうでなくとも変革をもたらす、と考えているかもしれない。

しかしそれは必要な行動なのか。今まで技術の幅がある中で、各人がさまざまな思惑で作ってきたところに、敷居を高くして弱者を排除する必要は、決して無い。簡素なゲームは以前にもまして手に持ってもらえなくなり、ここまできた場合は間違いなくフリーは衰退するだろう。

感情的ではあったが、要は、そこそこにあった品質を提供するほうがいい。それに対して文句を言うのであれば、貴方が何を対価として与えているか考えるべきである。多くの場合は作り手はメール一つで大いに喜ぶ。それすらも怠っているのであれば、何も言うべきではないだろう。だから引用文は、お金を払わない限り完成形は手に入らない、とお金の価値をもっと上げて考えたほうが良いのである。

最終章:自らの心を深く見つめるということ

いよいよ最後だ。もう一度上の引用文を見てもらいたいが、抜き出してこよう。

「フリーでここまで出来るのは凄い」という褒め言葉からも分かるように、「市販の作品にどれだけ近づけたか」が、フリーゲームの評価軸になっている節があります。

[ゲーム製作] アマチュアとは一体 | sam113のブログ的生活(実践編)

この1文で思考を止めるのであれば、思うに感情の動きを捉え切れていない。「フリーでここまで出来るのは凄い」という褒め言葉、何故出てきたのか。クオリティとゲーム性の2つに由来するものだと思う。一つ目のクオリティについては作り手側の習得した技術に依存してしまう、つまりこの点については、別途に作者を褒める言葉を探すほうが適当だろう。つまり、セミプロの能力をもってゲームを作ったのですね、と言うことだ。ただこれを言うと嫌味になってしまうので先の言葉に内包されているわけである。したがってゲーム性がこの一文の本質をついていると考える。

それはそのゲーム性を通じて、語り手はある商用のゲームを想起したからである。だから商用と引き合いにしてしまう。もしゲーム性が斬新であるなら、わざわざ商用と比較せずに、ただその斬新さを褒めるはずだ。

僕はここがフリーゲームの魅せる本質を担っていると考えている。すなわちフリーゲームは、最初に説明したフリーゲームの表れに従って、根底に商用を敷いている。そして時に商用と似ているシーンをフリーの中に見つけることがある。この瞬間、フリーゲームは、ビデオゲームの始祖とした商用、また何か意識した他のものからイデアとしてユーザに想起させているのである。これは悪く言えばオマージュやパクリとも取れ、したがって商用では頻繁に使うことが出来ない技である(ズバリ実践例で言えば『ハヤテのごとく』だ)。

そして世の中の荒削りのゲームに拒絶反応を示す方は、ここを理解できないのだと思う。けれどもフリーゲームにはこの想起を適度に使うことは推奨できるし、遊び手はこの独特な空気がゲームの持ち味だということを理解することが重要だろう。

あとがき

今、引用元のコメントを読みましたが、事実同じように考えておられる方がいたようです。今回は駆け足になりましたが、今出来る範囲で、僕が具体的に書き綴ったので、この3年間にもっと良い答えが出てないのであれば、今僕のしたことは決して無駄にはなっていないと思います。

といいますか...また執筆に3時間。実際に書いているのは2時間程度ですが、やはりもう少しかかるものです。しかも7割完成までは1時間なのに残りの3割に1時間。まあこういったものは考える過程に価値があり、自己成長のためなので必要な時間だとは言えるのですが...

さあ勉強もしなきゃならないし絵も描かなきゃだよ、朝はいつも憂鬱だよ!ということで、ここまで読まれた方、お疲れ様です。僕もお疲れ様。この記事が少しでも貴方にとって有益であることを願ってます。

2008年4月21日

フリーゲーム論─STGでの感情移入に関する考察─

おひさしぶりです。最近ゲームに関することで考え事をしていて、自分の中で体系化することに多少の成功を感じました。ということで、今回の内容はタイトル通りに、STGでどのように作ればプレイヤーを引き込むことができるのか、についてです。そして、考えの適用範囲は、自機と敵機に限ります。背景や銃弾のシステムは考慮しません。

はじめにですが、フリーゲームを作るとき、必ず人材に困ることと思います。それで少なからず手抜き、といいますか誤魔化しながら完成まで持っていくわけですが、その時STGとして如何なるところに気を使えば、魅力を感じる作りにできるかを考えていました。最初に問題点、次に解決の糸口を、そして最後に僕なりの回答を書いていこうと思います。

注意点ですが、感情移入を簡単に成し遂げたいなら東方から学ぶといいと思います。しかし東方はあまりにも濃いために、学ぶどころかそのまんまコピーになってしまうような気がします。ですのであえて東方から外しているので、萌えとかそういった類の感情移入を期待しないでください。あくまでも、最低限度惹きつけるための条件についての考察です。

製作の際の問題点

まず、3Dなのか2Dなのか、グラフィックはどのレベルで完成させるのか、です。3Dの難易度は言わなくてもいいと思いますが、2Dの時も非常に手間がかかります。それぞれのオブジェクトをプレイヤーに勘違いさせることのないように書き分けなければいけない上に、大抵の場合は敵の行動パターンごとに絵を追加しなければなりません。そして動いている時にそれに伴う画像すなわちモーションが無いと、まぬけな印象を与えてしまいます。ですから、簡単にプレイヤーにその敵の歴史、設計思想を伝えることは難しい、ということです。

次に自機です。人型なのか戦闘機なのか。人型ならモーションが必要です。3Dはとても素人にはできるものではないですし、2Dでもシステムに応じて相当の量が必要になります。戦闘機の場合は、中のパイロットを意識できるシーンはただシューティングをしているだけでは出会えないように思えます。パワーアップして見た目も変わっていく自機を失いたくない、と考えたとしても、それはシステムの一環で当たり前のように起きる感情なので、STGの様式をとっているだけで自然発生するはずです。僕の考えでは、戦闘機ではこれの実現が難しい。

以上の2点です。考え出すときりがないので、今回は簡単に上のものだけとします。

解決の糸口

先の問題点では漠然としていて、イメージがわかないと思います。そこでこれらを基本とした上で、一体何が感情移入を妨げているのか考えてみました。

ずばりそれは、無機質であることがいけないということです。STGに実在感を持たせるためには、有機的な成分をいくらか混ぜなければいけないわけです。

極端ですが、こう考えて見ましょう。東方のオブジェクトを立方体に置き換えてみます。このとき肝心の弾幕に限り変更しないものとしますが、魅力が残りましたでしょうか?多分、残らないかと思います。

もしあなたがそう考えたのであれば、ゲームの本質(弾幕ということにします)は変わらなくても、もっと人の心に訴えるものがあり、それが予想以上に重要だったということです。僕はこれを、『有機的なストーリー』と考えています。

話を元に戻し、一般の戦闘機モノのSTGで考えてみましょう。大抵これらは、敵も戦闘機、ヘリ、未来兵器です。速攻で打ち落とされるのでいちいち中にいるであろうパイロットのことも考えません。金属の塊に人権はなく、いわゆるやられ役に徹します。そして無機質です。動きはどうでしょうか。画面外から来て中央でとどまり弾乱射再び画面外へ。編隊がとぐろをまいて出現画面外へ。高速に画面を左右上下に横断。と、3つのパターンとそれの拡張で表現できるものが多くあります。反対に自機の位置との関係で動きが決まるものは非常に少ないです。この直線的な動きは無機的な印象をプレイヤーに与えます。僕はこのスクリプトで決められた直線的な動きを『無機的なストーリー』と考えています。

現実では有機的なライン、機構を持つものが多くそれが経験則となっていることが多く有ります。例えばある形状にノズルらしいものがついていれば、そこから何かを噴射したり、その運動方向を保つのではないか、と考えます。また、二つの長方形の間を球で接続しているのであれば、そこが関節となって運動するのではないか、と考えます。これらの連想は有機的なストーリーを導き出し、そうであることを期待します。形状は何らかのメタであると知ることで、広がりを感じられるのではないかと思います。

僕の回答

自分の思い描くシステムに有機的なスパイスを適度に加えることです。これはいわば料理であり、目指すシステムに過剰に与えられても、足りなくてもいけません。サイバーな未来なら無機質であってもおかしくはないわけですし、触手に侵略された未来なら有機的に行くべきです。

僕はステージのストーリーラインを、有機的→無機的→有機的に構成するのが一番簡単であると思います。最初にキャラクタが喋ったり、ボス前後でまた喋ったりで十分に感情移入ができるはずです。実際にそのようなケースは多く見られます。このとき中央の無機的なシーンは、ボス戦に向けて加速、トランスさせるという目的を持たせるのがよいのではないかと考えます。歌と同じように、盛り上げるところ、落ち着かせるところ、それをステージなどに合わせトータルで考えるべきです。そうすることにより、全体で有機的なストーリーを見せることができます

最初の問題で長々と語ったこと、それはすなわち、自機や敵を如何に有機的に見せるか、ということです。ですからグラフィックのみで考える必要はないのです。僕はこれらを動き方で有機的に見せればよいと考えます。自機であれば動きのクセを与えれば可能でしょう。敵機はバリエーションがあります。先に言った有機的な動きと、エフィクトを与えることです。ただの立方体でも、ダメージによって色が変わっていく、自機から逃げるように、追うように動く、有機的な弾を射出する、などいくらでも想像ができます。それでも新たにオブジェクトのパターンとして描き下ろすよりははるかに楽です。

僕の考えはざっとこんなところです。まとめると、感情移入をさせるためにはそのゲームのブランド力や一定レベルの生々しさを与えることです。

あとがき

今回のフリーゲーム論は、かなりアバウトな出来上がりですが、こういった世界観とゲームの連結にあたる考え方の指標(?僕からすると自分ごときのは馬鹿らしいような気もするが)を書いてみるのも面白いのかもしれません。

久しぶりの記事でしたが、フリーゲーム論を楽しみに来られる方もいるようなので、暇つぶし程度になれば幸い、新たな発見があれば、僕喜んでいます。それでは有益な情報であったことを望みます。お疲れ様でした。

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